ARMED SEVENの時代
ARMED SEVENの時代
■■第2次ローラン戦争■■
秘密結社「ローラン党」が1989年に全世界に対して一斉蜂起して勃発した反乱戦争。
ローラン党は1952年にも世界蜂起を行っており、こちらは「第1次ローラン戦争」と呼ばれている。
どちらの戦争も、「大消失」と呼ばれる兵器の収奪事件から始まっており、収奪された兵器がそのまま戦闘に使用された。
ローラン党ついては共に不明な点が多く、少数の人間のみで構成された組織がどのように世界規模の紛争を引き起こす事ができたのかは今もって謎につつまれている。
ローラン党は1940年代には既にゴゴー軍団の先遣部隊と接触し、秘密裏に技術貸与を受けていた事だけは明らかになっている。
この時は異星人の存在も公式発表はされず、異星の技術は「バルカイザー」の開発に活かされるのみであった。
異星人の技術が世界を変えるのは1977年の「ゴゴー戦争」以後の事となる。
■■1980年代の兵器開発■■
1980年代は地球の科学技術の大きな転回点を迎えた時代といえる。
ゴゴー戦争後、地球の兵器開発は地球科学陣が一丸となり、急ピッチで進められた。
当時の兵器の開発コンセプトは3つの系列に分けることができる。
1.異星の技術を元にした兵器
地球の科学は異星技術の研究により劇的な進化を遂げた。
その成果は「超電気科学研究所」によるところが大きい。
超電気科学研究所は人型兵器バルカイザーを開発、運用し、ゴゴーの侵略を退けた研究所である。
所長の天護(あまもり)博士は、異星人の技術を半ば独占するような形で秘密裏に研究していたため、1970年代としてはオーバーテクノロジーとも言える高度な技術力を持ち、ゴゴー戦争後は有人戦闘ロボットの開発に多大な貢献をした。
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超電気科学研究所内のバルカイザー |
世界各国は異星人技術力の解明に総力を挙げ、1982年には「常温核融合」の実用化に成功。
兵器の発達も目覚しく、80年代の半ばには「MCR(有人戦闘ロボット)」 「光学兵器」「宇宙艦艇」 の量産化に成功した。
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ジャベリン級迎撃艇 |
もっとも上記の兵器はゴゴー戦争以前から既に超電気科学研究所が実用化しており、その性能もゴゴー軍団の兵器を遥かに上回っていた。
だからといって80年代の技術が後退したと見るのは誤りである。
超電気科学研究所製兵器の異常なまでの高性能はエネルギー源であるバルカニウム鉱石によるものである。
バルカニウム鉱石はどこで産出されたものか、研究していた天護博士にも一切不明の謎の物質であり、バルカイザーを稼動させるために使い切ってしまった。
そのためバルカニウムの力に頼らずに、ローコストで量産できる兵器を作る為には、一から研究する必要があった。
ゴゴー軍団と超電気科学研究所の戦いは、信長の鉄砲隊を、核兵器を拾った石器人が打ち破ったようなものと言える。ゴゴー戦争後の地球科学陣は、信長から分捕った火縄銃を研究する石器人のようなものだったわけである。
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バルカニウム鉱石 |
2.地球の技術を発展させた兵器
異星の技術をコピーすることは、多くの失敗と犠牲を伴う非常に困難な事業だった。
技術のコピーとは一般に考えられているほど簡単な事では無い。他人の設計を理解するには開発者本人以上の技術が必要となる。ましてや全く未知の技術の転用など、いつ成功するかは誰にも分からなかった。
そのため、異星技術の転用がはかどらなかった場合の保険として、異星の技術に頼らない兵器開発も目立たないながら当時は非常に重要視されていた。
当時の最新鋭戦闘機「ラファール」や「スーパーイーグル」。無人戦闘ドローン「グローバルホーク」はゴゴー戦争が無ければ10年は配備が遅れていただろうと言われている。これらの兵器は異星技術を使用した兵器に比べ、圧倒的に安価で信頼性も高かった。
3.地球の技術に異星の技術を組み合わせた兵器
異星技術は部分的であっても、コピーに成功したものから順番に導入されていった。その結果、多種多様な混合型の兵器が現れることとなった。
「スピリット」 は地球製の航空機に異星技術を応用した推進装置と手足を取り付けて人型に見せたものである。
また「オスプレイ」のような可動式エンジンを持ったVTOL機は一見純地球産兵器と思われがちだが、ゴゴー戦争以前にアメリカ軍が開発に失敗を繰り返しており、異星の技術を流用する事でようやく実用化されたものである。
また、バルカイザーに破壊されたゴゴー軍団の兵器を修理復旧させた兵器も少数ながら存在する。
士官用兵器としてゴゴー軍団が開発した「カイドッカー」は、自衛隊の基地に墜落したものを再生させたものだが、変形機構の再現には成功したものの、ほとんどが地球製の装置で補われている為、耐久力や運動性は低下し、総合性能はオリジナルの数十分の一と言われている。
■■1980年代のMCR■■
ゴゴー戦争以降、新たなカテゴリーの兵器として定着したのが、「MCR」と呼ばれる人型兵器である。
MCRとはManned Combat Robot(有人戦闘ロボット)の略称である。
本来ロボットは無人で自律的に動く機械の事を指すが、バルカイザーの開発者である天護博士は人型兵器を単に「ロボット」と呼ぶことを強硬に主張。
当時は自律型ロボットの開発も急速に進んでおり、用語の混乱を避けるために人型兵器をどう呼ぶかの論争に発展したが、結局「有人戦闘ロボット」と呼称する事で落ち着いた(予断だが、天護博士は自律型ロボットを「無人ロボット」と呼ぶ事にこだわったが定着しなかった)。
量産型MCRの開発はバルカイザーの開発により基礎技術が完成していたため、予想外に順調に進み、1983年に初の陸戦用MCR「エクレール」が完成。翌年には飛行型MCRの始祖である「グリペン」が飛行試験に成功している。
飛行型MCRの登場は実は陸戦用MCRよりもずっと早かった。しかし初期の飛行型MCRは飛行型とは名ばかりで、スピリットに代表されるように、これらは航空機に手足をつけて人型に見せたものが多く、飛行はできるが歩行ができないという代物であり、人型をしているメリットは全くと言って良いほど無かった。
ただし人型兵器は飛行も可能であるというイメージを先行させた意義は大きかった。
その後、飛行型MCRの開発は本格化し、「タイフーン」「ラプター」「ウォリアー」「アリエテ」等の実用的な飛行型MCRが次々にロールアウトしていった。
もっとも、これらはそのほとんどがローラン党の手に落ちてしまい、TDF(地球防衛軍)の主戦力となり得たのは、書類上の手続きミスから量産化が遅れていたアリエテだけだったのだが。
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飛行実験中のグリペン |
この当時に量産された標準的なMCRの全高は15m前後。全高30mのバルカイザーの半分の身長である。
30mを超えるHMCR(大型有人戦闘ロボット)も少数開発されたが、ほとんどが実験機の域を出なかった。
量産型MCRがバルカイザーに比べて大幅に小さくなったのは生産コストを抑えるためである。当時の地球の工業力では15mというサイズが量産可能なぎりぎりのラインだった。
MCRの生産性が重視された理由は、超電気科学研究所とTDFの用兵思想の違いによるものである。
TDFの兵器の運用法は「生産性に優れた兵器を多数配備」することである。
しかし、超電気科学研究所の兵器の運用法は「圧倒的に高性能の兵器を少数配備」することだった。
バルカイザーと少数の支援機による戦法は、わずかなバルカニウムを集中して使用する為の苦肉の策だったわけだが、天護博士の一点豪華主義が原因という説もある。
対するゴゴー軍団のロズ将軍も、ほぼ1週間おきに超兵器を逐次投入するという致命的な戦略ミスをしたため、超電気科学研究所は幸運にも勝利する事ができた。
バルカイザーという実績があったものの、少数精鋭という超電気科学研究所の運用法が採用されなかった理由は、TDFの上層部が常識的な兵器の運用にこだわったためでもあるが、それ以上の問題として、バルカニウムを使い切ってしまった状態では、バルカイザーのような超高性能の兵器の開発は不可能だったからである。
結論から言えば、80年代の地球がゴゴー軍団侵略軍と同レベルの軍隊に太刀打ちすることは、質の面でも量の面でも不可能だった。
また、この当時の銀河系はゴゴー軍団崩壊後の混乱期であり、地球を武力制圧する余裕のある惑星は存在しなかった。
しかし他星系の情報を入手する手段の無い地球連邦政府はその事実を知る由もなく、1980年代に地球人が作り出した数々の対異星人用兵器は、地球人同士の争いに投入されたのである。
■■その後のMCR■■
対異星人用の主力汎用兵器として期待されていたMCRだが、1989年に起きた第2次ローラン戦争の後は、意外にもその活躍の場はほとんど無かった。
1980〜90年代の防衛計画は、基本的に地球に降下した敵との戦いを想定して立てられていた。
そして地球上の戦いで主戦力となるべくして開発されたのがMCRだったわけである。
ところが1990年代にワープエンジンが完成したため、防衛計画は宇宙空間での戦闘に急速にシフトしていくことになる。
宇宙で敵を迎撃できるなら、わざわざ地球上用の兵器に予算を削く必要は無い。
MCRの利点は汎用性にあるので、もちろん宇宙空間での運用も充分可能である。しかし、MCRは宇宙戦の主役にはならなかった。
その理由は、宇宙空間のみの戦闘を想定した場合、宇宙戦闘に特化した兵器の方が圧倒的にコストパフォーマンスが高いからである。
事実、人型兵器の運用に長けていたゴゴー軍団も、バルカイザーとの宇宙戦闘では宇宙艦を主戦力としていた。
そのような理由により、MCRは地球軍の主力兵器の座から早々に降ろされ、縮小された予算の元、細々と開発が続けられる事になった。
ところが、21世紀初頭からMCRは再び脚光をあび始めた。
TDFは20世紀末からたびたび様々な異星人との戦闘を行っていたが、主戦場は宇宙空間だった。
しかし、TDFが力をつけるに従い、異星人の有する惑星の制圧が重視されるようになったためである。
有重力下での戦闘においてMCRは最も有効な兵器である。宇宙艦が制宙権を握った後、MCRが敵惑星に降下して拠点を制圧する。MCRは惑星戦闘の主力として返り咲こうとしている。
新時代のMCRは、皮肉にもゴゴー軍団の侵略ロボと同じ役割を担うことになったのである。
■■SER−32 サーベイヤー■■
1987年に超電気科学研究所が開発した飛行型MCR。
超電気バリア等の実験機であるため、装甲は他のMCRに比べて極めて薄い。
武装もバルカイザーの運用法を再現しようとした物が多いが、予算の都合上、合体による武装変更機能は省略されている。
本来、戦闘用では無いのだが、第2次ローラン戦争にあたって、員数合わせの為に借り出される事になった。
この機体の開発主任は羽水博士だったため機体デザインは非常に堅実だが、今回の作戦参加にあたり天護博士が高出力のエンジンを(独断で)搭載したため、運動性は他のMCRをはるかにしのぐ高機動型のMCRとして生まれ変わった。
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サーベイヤー |
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