同人ゲーム製作の心理学 第3回

■■創作のプラス効果■■


2回連続で「寂しさ」とか「不幸力」とか、あまりおめでたくない話をしたので、今回は創作の光の部分にスポットを当ててみましょう。

第1回で創作の原動力は「強い承認欲求」だと書きましたが、もちろんその他にも創作の原動力は沢山あります。
特に「抑えていた自分の気持ちを開放する」効果は重要なポイントです。
単純に「欲望を開放できる!」という意味ではありません(もちろん、それも含みますが)。

簡単に言うと、モノを創りには「癒し効果」があるという事です。
僕は「癒し」や「ヒーリング」という言葉を軽々しく使うのが好きじゃないので(嫌し系ゲームを作ったくらいだし)、ぶっちゃけた言い方をすると「気晴らし」が出来るという事です。

モノ創りの効果は、ゲームが完成した時、キャラが一体完成した時の「やったー!」という一時的な高揚感だけではありません。

実は、モノを創っている時間全てが「気持ちを開放する」時間なんです。

心理療法には「アートセラピー」や「箱庭療法」など、創作活動をメインにおいた技法があります。
何かを創るという行為はそれだけで心の栄養になるわけです。

いきなり話を変えます。
大抵の人は寝ている時に「夢」を見ます。
夢には当然自分が出てきます。
また、知り合いが出てきたり、美味しそうな物(食べる前に目が覚める)が出てくる事もあります。
夢の舞台は、学校だったり、昔住んでいた家だったり、知らない場所だったりします。何も無い空間かもしれません。

夢に登場するものは、主役である自分を含めて全て自分自身です。
夢に出てくる知り合いは、当然、知り合い本人が出てきたわけじゃなくて自分の心の一部です。
自分のいる場所も全部自分の一部です。
夢は自分自身が作り出したイメージの集合体で他人が入り込む余地はありません。
石ころや、遠景の空さえも、自分の一部と知った時には「夢ってすげえ!」と思いました。

ゲームの創作も同じです。
ゲームを一人で作っている人はもちろん、絵や音楽、シナリオ、プログラムと、分担して作っている人も、自分の担当しているパートは夢と同じように自分の心の一部です。
人間は怪獣や異世界等、実在しないものを作り出す事ができます。
ただし、それらは自分の意識にあるものに限ります。自分の中に無い物は想像できないし創る事もできません。

ゲームのキャラクターの性格設定は、作者自身が思い切り投影される事が分かる良い例です。
恥ずかしながら、自作を例に挙げると、
バルカイザーを発明した天護博士の性格には僕の尊大な部分が表れてます。
ドリルファイターのスズナは強い怒りと恨み。
メグリロは自分自身の正義感への疑いと、残酷さ。
なんだか、もの凄くネガティブな部分ばかりを挙げちゃったなあ……

言い訳みたいですが、僕の事を知る人は、キャラと自分の関連性の話をすると、
「サクさんには、そういうとこ無いですよ」
と、言って下さいます(ありがとうございます)。

しかし、それは一見、無いように見えるだけなんです。
僕には「ネガティブな部分はある」んですが、無意識に抑えつけているんです。
抑えつけている気持ちは消えてしまうわけでは無く、缶詰に封じ込めたような状態です。
ただ缶詰に入ってるなら良いんですが、気持ちを閉じ込めた缶詰はフラストレーションが溜まると膨らみます。
そして、そのままにしておくと爆発します。
キャラクターを創造する事は、缶詰に穴を空けるのと同じ効果があります。
キャラクター達が、自分の抑えている気持ちを代弁してくれるのでガス抜きができるんですね。
これが、気持ちの開放の効果です。

また、自分の無意識に気づかされる事もあります。
ネタバレになるので詳しくは書きませんが、自分の描いたバルカイザーのエンディングを見ると、ある一枚の絵で涙がどっと出てくるようになりました。
傍から見るとドン引きされるかもしれませんが、本当の事だから仕方ありません。
自分が悲しい気持ちになるわけではありません。また泣けるほどの名場面でもありません。
ただ、僕が無意識に抑えこんでいるものが描かれていて、それが僕の気持ちを刺激するんでしょう。
この気持ちがどっと開放される状態を「カタルシス」と言います。
カタルシスも「爽快感」のような意味で軽く使われる事も多いですが、本来の意味は「心の浄化」です。

絵は文章以上に感覚的なものですから、自分の無意識がより強く反映されます。
たとえ、他人からの発注で描いた絵だったとしても、それは自分の内側にある世界が込められた絵になります。
キャラの表情や、背景の色づかい等々は、夢と同じで自分の中にあるものを開放して描き出すわけです。
フリー素材から選んだとしても、何種類かある絵から選んで使ったなら、選択の基準としてどこかに自分の気持ちが込められているはずです。

音楽も、効果音も同じです。
プログラムも製作中の頭の中は論理的でも、役目はゲームに命を吹き込む事ですから、動いているものには気持ちが創り手の気持ちがこもっています。

ただ、創作物にはどの辺に自分のどの気持ちが込められてるのか、言葉に言い表せない事が多いです。
むしろ無理に言葉にして考えない方が良いです。考えると気持ちが遮断されてしまいますから。
ブルース・リーの名言「考えるな、感じろ」の世界です。

全ての創作活動は自分で自分の心をマッサージするようなものです。
ゲーム製作者は想像力が発達している分、心に負荷がかかる事が多いですから創作によって解きほぐすのはとても良い事です。
もっとも、パソコンに向かうと肩や腰が異常にこり固まるのが難点ですが。
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