同人ゲーム製作の心理学 第1回

■■なぜゲームを創りたくなるの?■■


今も、世界中で大勢の人達が同人ゲームを作っています。

絶好調で絵を描いている人。
自分のキャラに惚れ込んで幸せな人。
どうやっても面白くならず、壁にぶつかっている人。
必要だけど面倒な事を延々つづけている人。
必殺のアイデアを思いついて、有頂天な人。

さまざまな人達が、喜んだり落ち込んだりしているはずです。

でも、どうして、みんな同人ゲームを作るんでしょうか?

理由は作っている人の数だけあるでしょう。

作る事自体が楽しいから ……楽しいです!
好きなキャラを動かしたいから ……同感です!
お金が儲かるから ……うらやましいです!

でも、正直言って、ゲーム作りは面倒な事も沢山あります。
何故、そんな険しい山を登るようなマネをわざわざするのか?
イラスト描きでも、プラモデル制作でも、モノ創りには面倒がつきまとうものですから、当たりと言えば当たり前の事です。
しかし、同人ゲームは、プラモデルのように、自分で作って自分の部屋に飾っておくような個人的な趣味ではなく、いずれ「世に出す」という宿命を背負っているわけです。

自分自身の限界を他人にバラしてしまう危険な事を、なんでわざわざするんでしょうか?
「みんなマゾだから?」
いや、そういう人もいるかもしれないけど。


僕はゲーム作りの一番の原動力は「強い承認欲求」だと考えています。

承認欲求とは「他人に認められたい。受け入れてもらいたい」気持ちの事です。
甘えとか、目立ちたがりと勘違いされそうですが、そういうものではありません。
承認欲求は、人間なら誰もが持っているもので、無かったら人間は生きていけません。
人間は衣食住が満たされていても、寂しさに耐えられない生き物なんです。

「山の中で一人の時より、都会の中で一人の時の方が寂しさを感じる」
と、よく言われます。
特に、インターネット(世界中の人が集まる超大都会)が発達している今日では、簡単に寂しくなれちゃいます。

そんな中で、
「自分はここにいるよ!」
と、まだ見ぬプレイヤー達に伝えたい。それゲーム創りの力になっていると僕は思います。

「でもさあ、人間誰もが承認欲求を持っているなら、みんなゲームを作るんじゃないの?」
と思われるかもしれません。

その通りです。
だからこそ、ゲーム創りの原動力は「強い」承認欲求が必要なんです。

承認欲求が「わりと普通」の人は、ゲームを「作るもの」と思いません。「遊ぶもの」だと思います。ごく普通の感覚ですね。
毎日がハッピーで充実している人はなおさらです。
ゲームを創りたいところまでエネルギーを溜めるには、よほど強い承認欲求が必要です。
でなきゃ、こんな面倒で、こっ恥ずかしくて、リスキーで(以下略)……な事をしようと思いません。

僕はゲームを創っている時にある程度の充実感を。 完成させた時に全ての苦労が報われる満足感を得ています。
そして、尽きる事の無い承認欲求が、次のゲーム創りに向かわせるんです。

僕はゲーム創りを承認欲求を満たす手段にしています。
僕にとって、漫画は描くものではなく読むものですし、映画は撮るものではなく観るものです。

逆に言うと、世の中には強い承認欲求を持った人が沢山いて、自分が選んだジャンルでモノを創っていて、
その結果産まれたものが人々に娯楽や感動を与えているわけです。

だから、人が寂しいと思う事には大きな意味があると僕は思います。

世界中の寂しい創作者の方々へ。
面白いゲームを、漫画を、小説、映画、玩具etc を作ってくれてありがとう!


※注 ここで書いている「承認欲求」とは厳密な意味での心理学の定義とは異なります。
   「それっぽい心理がある」くらいに解釈して下さい。
   いきなり専門的な心理学から離れてるなあ。
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